コートの傍らで 理由もなくふと興味を覚えたり
  思い出したりしたことを
  思いつくままにメモしてきました。
  従って メモの正確性はかなり怪しいと
  先ず謝っておきます。   

        写真集 2017-1 (引っ越しました)

 



       2019年 メモ一覧

2019年 9月28日  やっと9月が終わる
2019年  827日  ヤナギが倒れた
2019年 7月2日   梅雨枯れ時の助手席論   
2019
  6月14日  植物の細胞は全能性だぞ~ 
2019年  6月4日  不生不滅 不垢不浄 不増不減
2019年 5月30日  ココ物語後日談
2019年 
5月20日   ココが逝く
2019年 4月15日  夏が去る
2019年 4月6日   夏が来た
2019年 3月6日   ちょっと3・6い(寒い)、おさむいダジャレ
2019年 2月19日   基礎が悪いなりに何とか・・・
2019年  2月
11日  「ゆとり教育」 と 「円周率
2019年 1月29日     後期高齢2年生に進級
2019年 1月26日    生死の分かれ目は・・・







 2018年以前のメモは 下記よりごらんください

2009年~の過去メモ   2011年~の過去メモ
2016年のメモ    2017年のメモ   2018年のメモ

下記一覧はタイトルのみでリンクしていません 上記該当年の
メモからご覧ください。


2018年 12月
2018年 1231日    冬来たりなば春遠からじ
2018年12月23日      山茶花・実蔓・屁糞蔓
201812月6日(木)  ここは天国度が高いぞ

2018年 8月
2018年8月29日(火)  再び「勝利と敗北」に思いを馳せる

2018年 5月
5月29日(火)     雨間に大谷、ココ、ブーニン
28日(月)    ごまかしは駄目

2018年 3月
331日(土)   ブラームスはお好き?
319日(月)   春・桜・鶯 そして テニス
31日(木)    
春の嵐

2018年  2月

2018年 1月
1月22日(月)  アリさん ありがとう
月7日(日)   遅ればせながら新年ご挨拶を
 
2017年 12月
1224日(日)  ひたむき、けなげな山茶花に倣って
1220日(水)  昨日は晴天な~り!
123日(日)   その後のココちゃん


2017年 10月 
1030(月)  この充ち満ちた矛盾を楽しめたら・・・

1028日(土)  あっという間の一ヶ月

2017年 9月
9月26()   本当のところはどうなんだ?
9月8日(金)   早いもので・・・年取るはずだね

2017年 8月 
815日(火)   終戦の日
8月9日(水)    台風さまさま        

2017年 7月
721()   何故か親しいフィンランド
 
7月3日(月)   フィンランディア賛歌
         
2017年 6月  
 
626日(月)  ライオン宰相、今何処(いずこ)・・・ 
622日(木)  6月はブラボーブラームス! 
617日(土)  ルーチンワークは楽し気に
615日(木)   前畑から岩崎へ 
6月13日(火)  合歓木もお目覚め
6月12日(月)  凄いすごい凄い!ラファ!!
 
6月9日(金)  5枚花びらのドクダミの花 
68日(木)   今日は快晴
66日(火)   練習メモ初め
 
2017年 5月
29日(月)   無知とは恐ろしいもので・・・

5月26日(金)  楽しや5月の最後は初蛍

2017年 4月
4月26日(水)  翻訳命3 もうちょっとだけ
4月23日(日)  翻訳命2 「枯葉」 猿真似の威力
4月19日(水)  翻訳命(1)シャンソン
4月9日(土)  春に3日の晴れ無し
月7日(金)   音楽はどこまでも運ぶよ


2017年 3月
3月17日(金)  オイラのオモチャ箱
3月3日(金)    山高きが故に貴からず・・・
31(水)    弥生の「夢」は・・・



2017年2月
2月27日(月)  終わりは始まりの始まりなのだ~!
222日(水)  「ニャンにゃんニャン」の雨の日に
210日(金) 
ただ風が吹いているだけ


2017年1月
131日(火)   トランプ旋風
1月29日(日)  梨寿なり

127日(金)   旋風から妄想の連鎖
114日(土)  夢のつづき
110日(火)  白日の逆夢 
1月1日(日)  明けまして どうぞ おめでたい年でありますように

2016年12月

2016年12月
12月31(土) ありがとうございました
1215日(木) メモのメモの続き(ベートーベンなど)
12月12日(月) memoのメモ
       


2016年11月
1121日(月) ATPワールドツアー・ファイナルズの続き
1119日(土) たまにはテニスメモでも・・・    


 2016年10月
1020日(木) 飽くなき希求と志こそ命の源(北斎) 
1016日(日) 世界の北斎先生 

2016年9月
9月29日(木)  キューバとの良好な友好関係を願う
9月27日(火)  キューバ追記
 
9月26日(月)  フェルナンデスが死んだ?!!?
月8日(木)    ベラ・チャスラフスカを悼んで
9月4日(日) 原発はどう見ても無理、NHK「解説スタジアム」
9月1日(木)  地震列島日本、イタリアもひどいことに・・・

 2016年8月
817日(水)  タングルウッドからウエストサイドへ

8月10日(水)  「ヴィオロンのため息」を連想しちまった
87日(日) 「五嶋みどり」と母節さんの壮絶なバイオリン人生
8月2日(月)   ユリア・フィッシャーは絶対メモだ!

     

2016年7月
730日(土)  夭折の天才バイオリニスト、ジネット・ヌヴォー
728日(木)  ハイフェッツがお袋の味とは幸せ
725日(月)  庄司紗矢香さんのバイオリン人生
7
22日(金)  懐かしい「とと姉ちゃん」の「暮しの手帖」
7月15日(金)  沖縄は本当に日本でよかったのか?


2016年6月
623(木)  「平和ぬ世界どぅ大切」
6月21日(火)  トンボ、ツバメ、ホトトギス、真昼の夢 
6月20日(月)  セイタカアワダチソウ
6月18日(土)  合歓木、セミの声、がんばれジュニア!
6月13日(月)   雑草、害虫、駆除、人間様
6月7日(火)   悪い面ばかり見てる気もするが・・・
6月4日(土)
     ただただスポーツを楽しみたい
6月1日(水)    昼は蒼空、夜は蛍が飛んでるそ!


2016年5月
5月24日(火)  小保方問題は流れが変わるかも・・  


 
2016年 4月
429日(金)
  50年前の哀しい武勇伝でした
4月26日(火)  ネクタイなんて無用なボロ布です(ムヒカ)
4月23日(金)  金持ちは政治家になっちゃいかん(ムヒカ)!
4月11日(月)  パナマ文書、こいつはすごいな~
4月7日(木)   スポーツ界もトリクルダウンはない!
4月6日 (水)  テニスよ、お前もか! 

2016年 3月
3月6日(日)   ケチってるわけでは・・・ 
3月4日
(木】  あまりにもバカバカしい・・・ 

2
016年 2月
2月28日(日) アベノミスク(アンダーコントロールとは)

2月23日(月) 春は近し、されど・・・
2月2日(火)  ついでにもう少しゲーテメモ
2月1日(月)  もうちょっとゲーテ
 


 2016年 1月
31日(日)  ゲーテはあまりにも多岐多彩
1月29日(金) また一つGさんに(ゲーテの恋)
1月26日(火) みんなで幸福にはなれないのか?
1月25日(月) 中東問題は難し過ぎる
1月24日(日) グローバル化?
121日(木) 悪法は誰が決める
1月20日(水) ヤミイチ・ヤミゴメ・ナマゴロシ
1月18日(月) たかがテニス・・・
1月17日(日) 人殺しだけは御免だ!
1月15日(金) ラジカルはラケットにも
1月14日(木) 晴、でも気分は曇天
1月12日(月) カウンターショット
1月10日(日) 沈黙は金ではあるが・・・ 
1月9日(土)   しんよろ!
1月8日(金)   トリクルダウンなんて・・・
1月7日(金)   今日のところは音無しく・・・

1月6日(水)  「あさが来た」 諭吉も出たが・・・

1月5日(火)   本当のところが知りたい
1月4日(月)  マイナンバーも御免だな
1月3日(日)  改めまして
1月2日(土)  一歩いっぽ
1月1日(金)  新年    

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    2019年9月28日  やっと9月が終わる

 前回のメモが8月27日、せめて1ヶ月以内には、と思っていたが、とうとう1ヶ月を過ぎ、28日になってしまい、9月もあとわずか。
いろいろあった9月だったな。

 9月はお天気に悩まされた。台風と前線のせいで、天気の
読めない日が続いた。それも決まって週末に崩れた。
ヤナギが倒れ、フェンスをなぎ倒した。

 ファイナルの金曜のナイトゲームはまったくできなかった。
天気に文句は言えないので、一喜一憂せず、無理せず、大人しく従った。
 なにせ2時間余りの試合なので、少しでも中断があると成立しない。

  ヤナギ
倒木を整理し、倒れた8本のフェンスも修復して、これからの秋のシーズンへの備えは万全・・かな
 無論、工事したのは業者さんだよ。ユンボを入れて4日掛かりだった。
 
 この間、僕は何をしていたかというと、このホームページの改装なのだ。
 今春からスマホにして、わがホームページを眺めると、見づらいことこの上ない。
 何とかスマホで見やすいようにと、全ページを改装した。何しろほとんど知識のない仕事なので、時間のかかることかかること・・・
 内容は少しも向上していないのだが、少しは見やすくなったと思う。
 ここにも面倒なことはあまり書かないように努力しようかな・・

 さて迎える10月、気分一新 晴れ晴れと行こう!


     2019827日  ヤナギが倒れた  

 前回のメモは
72日、実に56日ぶりのメモだ。 この間、九州総体、九州ジュニア、インターハイなどとジュニアの大きな大会があり、ファイナルのコートも随分、利用していただいた。
 特にインターハイでは、多くの高校の選手が居ながらにして見られ、有意義な期間だった。 

 その後、台風
10号が宮崎にも襲来、ファイナルはかなりダメージを受けた。 台風の翌日、たしか16日、クラブに来てソファーからいつもの景色を眺めていると、奥のヤナギの木がいつもより低い。 まさか・・・と思い、傍まで行くと、なんと根元からコート側に倒れ込んでフェンスを押し倒している。
 
 コート周辺では、一番の大木で、コートの奥に鎮座して、我々に大きな緑の安らぎを与えてくれていた。
 不幸中の幸いは、プレーに大きく影響するほどは、侵入しなかったこと…

 大きな枝を大胆にカットして樹を小さくし、幹を中心に起こして支えようかとも思ったが、もう十分に働いてくれたので、お仕舞にしてあげることにした。

 なんだか自分のことを語っているような気持にもなるが、自分は少しも働いていないので、まだまだお仕舞いにはしないつもりだ。
  ファイナルにヤナギなんかあったの? と思われた方は、恐らく 「しだれ柳」 を連想されたと思う。

 ヤナギには柳と楊があり、しだれるのは柳、つまり枝垂柳、しだれないで上に向かって立っているのが楊、
ファイナルのは楊の方だ。 ヤナギは300種以上もあり、日本にも30種以上あるそうだ。  

 全米オープンも始まり、宮崎での大会も沢山続いていく。大きな関心事に違いない。  だけども 問題は  ファイナルのタオレヤナギをどうするか・・・だ。 


   
2019年 72日  梅雨枯れ時の助手席論 

 7月の声を聞いても、梅雨はますますお盛んだ。
 周りの木々たちは、たっぷり水を蓄えて、生き生きとしている。しかし、湿り気たっぷりなのに、僕のお天気商売はあがったりの「梅雨枯れ」。
 週末から雨あめ雨あめですね。降り方も尋常ではなく、本当に読みづらい雨です。 土砂降り中に、この後も雨の予報なので、「今日は無理でしょうね」と電話応対。
 ところが、やってきてしまったジュニアの練習は、ほとんど降られることもなく無事終了。
 お断りした人、「ごめんなさい」です。  

 梅雨枯れに乗じて、久しぶりに、本業のテニスメモ
です。ダブルスのパートナーについて・・・。 

 ダブルスのパートナーは云わば、「お互いに相手の運転する車の助手席にいるようなもの」かな・・・。
 アクセル、ブレーキやハンドル操作などのタイミングが自分とは微妙に、或いは大幅にずれる。
  助手席にいると、自分も運転しているような気持
になるので、ついつい口が出る。

   助手席に関するアンケートで、NGなのは「運転
スキルに対する文句」。
 
 パートナーにはその人なりのタイミングがあり、居心地のいいポジションがある。それを助手席からいろいろ言われるのは相当の耳障り。(このことに関しては、僕にも相当の覚えがあり、今は心しております。)
 

 
運転手が助手席に望むことは、「楽しく上手にコミュニケーションをとり、ある時は必要なナビゲーターになり、心地よく運転できるよう心配りをすること」 だそうだ。 
 これらは、すべてダブルスのパートナー論として成り立つかな・・・ 
 一旦、試合に臨めば、初心者も上級者も、みんな心しなければならないことかもしれない。 

 長々としゃべり続けることも、助手席でのタブーだそうだ。
 なので、この辺で・・・
  


   2019年6月14日  植物の細胞は全能性だぞ~  

 昨日、コートに来て驚いたことが2つ・・・一つは合歓木(ネムノキ)が一斉に開花して出迎えてくれたこと、
 二つ目は、それとは逆で、クラブハウスのコート側の壁沿いに咲き誇っていたドクダミが影も形も無くなっていたこと。
 

 気をきかせて雑草の整理をしてくれたらしい。近年の僕には、雑草という概念がない。生えているものは、すべて等しく大切な 植物だ。 
 でも、植物はありがたい。概ね全能性細胞(いわゆる万能細胞)でできているらしく、間違いなく再生する。


 
 ココはその後どこに葬られているのか、と聞かれることがあるので、どこにどうしているのかをメモしておきたい。
 ココの遺体は息絶えたその場に、横たわったそのままの姿で葬られている。上にたくさんの枯葉をかけ、更に土と砂を乗せ、上にビニールシートを被せ、さらに枯葉と土と砂をかけ、その上に生の枝葉を被せて葬った。

 穴は掘らず、土を盛った、という感じだ。
  それだけでは少し寂しいので、自己満足ではあるが、その脇にガクアジサイの挿し木をした。 花の少ないこの季節、ファイナルにある数少ない花、東の崖のネムノキの下に自生している白い花だ。
 うまく根が張ればいいのだが・・・
  
 この挿し木、枝から根が出て花も咲く。まさに全能性細胞だ。
 ドクダミも少しでも根の切れ端が残っていると、見事に再生する。だから、ちょっとの間待てば、ドクダミは戻ってくる。
 不生不滅なんて大袈裟に言うまでもなく、ごく自然にそれをやってのけているわけだ。
 だから、切り刻んでも大丈夫(でも除草剤はいけません)

 彼らは人間より偉いかもね。
 ドクダミは西欧などでは、わざわざ栽培しないと自生はしにくいらしいが、ここ細江ではコート周りのあらゆるところに自生して、今、真っ盛りである。
 
 ネムノキの下のガクアジサイ周りにも群生している。 普通、ドクダミの花弁は4枚だが、同じところに3枚のものと5枚のものがあって、3・4・5枚が共存している。
 (1週間ほど前、珍しいと思って撮っておいた写真を左欄に掲載) 

 実は花びらに見えるこの部分は、総苞片という葉の変化したものもので、その中央にあるツクシンボウみたいな、とんがり帽子の部分が花の集まりだという。
 
 名前とは似つかず、清楚な姿で群生している。日なたと寒さには弱いようで、その点はガクアジサイと似ている。
 

 
 雨は今も降り続いている、植物には恵みの雨だが、明日はちょっと休んでくれないかなぁ・・・ 


  2019年6月4日 不生不滅 不垢不浄 不増不減  

 梅雨入り、テニスには鬱陶しいが、恵みの雨でもある。
 さて、
 1月26日のメモに以下のように記している。 

  
11中旬頃、前の道端に垂れ下がっていた柿の小枝に、小さな柿の実がなっていて、これは可愛いな、と思い、一枝拝借した。一輪挿しに放り込んでいたこの小枝、今日現在も生き残っている。

 元々、5センチ足らずの小さな実が、更に萎んで皺くちゃになり、そのまま2個、4枚の枯葉と共に鎮座している。なかなか渋いオブジェである。
 自分の姿を見ているようでもあり、ちょっと愛おしくもあり捨てがたい。 ずっとこのままにして、どうなっていくのか見届けようと思っている。
 どの状態が死んだといえるのだろうか? 少なくとも僕の中では、今、まだ生き残っている。」 

 
この柿のオブジェは、あれから5か月近く経つのに、まだ生き?残っている。葉っぱは1枚になったが・・・。 
 ガラスのテーブルにはコード類が絡まっていて、これが柿の一輪挿しを何度も倒した。その度に、葉っぱは剥がれ落ちて一枚だけ残った。柿は依然として2個、小枝にしっかりしがみついている。

 カラカラになっていて、ほとんどミイラ状態だが、やはり生き残っているとしか言いようがない。
 
 一輪挿しの方は、倒れた時に口のところが何か所か欠けてしまい、少し哀れな姿になっているが、それでもまだ依然として一輪挿しである。
  般若心経の前半、「色即是空」の何節か後に「不生不滅 不垢不浄 不増不減 (ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん)」というのがある。 

 死んでいる、生きている、というのは、人間が自分の都合で、勝手に決めている戯言にすぎない。
 
 生も死も、絶えず変化しているもののある状態に過ぎない。
 汚れているとか清らかだということもなく、一時の状態があるだけだ。すべてのものは生死によって、何かが増えたり減ったりすることもない。ただ変化し続けているだけだ。
 以上が、いろいろ参考にしてのわがまま解釈だ。

  確かに、ミクロのレベルでみれば、概ね質量不変(保存)の法則が成り立っているはずだ。
 それにしても、これらを超越したところにある「命」というものは、本当に異次元かつ不可思議なものだ。


 まるで不信心者の僕が、「般若心経」なんて語るのはおこがましいが、これは宗教というより哲学だな、と思うので(哲学たって、さっぱり分かりはしないのだが・・・)最近感じるところをメモしておくことにした。
(つづく)


    2019年 530日   ココ物語後日談 

 5月
20日はココの死についてメモしたが、少しだけ後日談がある。
 ココの姿が消えてからしばらく、どこで亡くなったのか、心穏やかでないものがあったが、それは解消された。
 クラブハウスの玄関から数メートル、目と鼻の先の茂みに横たわっていたのだ。
 穏やかな表情だった。

 外ネコは、傷つくと一番安全で落ち着くところで休んで英気を養うという。
 回復はしなかったが、最後に選んでくれたのがこの茂みであったことに感謝したい。
 ココがここに現れた時、最初に姿を発見したのもこの場所だった。

 どこで生まれたか定かではないが、僕の中では、ココは、ここで生まれてここで死んだ猫だ。
 しかも夭折の天才猫だ。
 今、彼は最も心安らいだその茂みで、穏やかな姿のまま眠りについている。
 それを見届けたので、僕も多少は心安らいでいる。
  僕自身も、現在住んでいる築93年のこの家で生まれ、途中10年くらいの長旅はあったが、おそらくこの家で死ねるだろうと思う。

 ココとは違い、愛されもせず、他人の役にも立たず、夭折とはいかず、老醜を長々と晒してはいるが、日々、のんべんだらりと生きていけている。
 ただそれだけで十分に幸せである。(つづく)


       
2019年 520日   ココが逝く

  4月はナツの話で終わったが、今度はココの哀しい話です。
  何日か空けては怪我して戻り、また空けては戻りを繰り返していたが、今回は1週間の長旅。 帰っては来たが、無事とはいかなかった。

 変わり果てた姿で、命辛々という感じだった。
 食欲もなく、ぐったりしていたので、やっぱり来るものが来たか・・・と悲しい気持ちが頭を過ぎったが、一縷の望みを持って見守っていた。
 
  病院で死なせてしまったユーマのことが頭にこびりついていて、病院に行く気はなかった。 ここまで、やりたいようにやってきたので、最後までやり通してほしい、と思った。
 昨夕、少し目を離した隙に、彼はどこかに消えた。死に場所を探しに行ったに違いない。

 彼が此処に居候を始めたのは、まだ、よちよち歩きもままならないほどの生まれたて、といった頃だ。
 それは一昨年の
9月、人間なら二十歳過ぎくらいだろうか?20か月の短い命だった。 本当に頭のいい、賢い猫だった。僕はできる限り、ペットとしてではなく、一人前の隣人として接しようと思い、それが叶っていた。
 実に親しい間柄になっていた。ほとんど会話が成り立つような関係だったと思う。  僕よりは後まで生きるだろうから、と思って、後のことを心配していたくらいなのに・・・

 変わり果てたあの姿になっても、何とかここに辿り着いてくれたのは、最後を看取って欲しいと思ったからに違いない。ココには感謝の気持ちでいっぱいだ。
 
 気持ちはブルーだが、明日は元気にしていようと思う。今日はココの思い出だけでおしまいにしておこう。サラバココ・・・


      2019年   4月15日     夏が去る  

 
10日ほど前、4月6日のメモに「夏が来た」と書いたが、今日15日、早くも夏が去った。
 此処に来たのは3月
26日だったので、わずか20日間の居候だ。  
 ようやく懐いてくれるようになったので、名残は惜しいが、またとない人に貰われていったので、彼女のためにはホントに良かったと思う。

 2匹がコートを飛び回り、テニスの邪魔をしないか、落ち着いた気がしなかったが、その点、少しは楽になるだろう。
  明日からコートの修復工事が始まる予定だが、天候不順の予報、さてどうなることとやら・・・ ナツロスはココも同じかもしれない。
 ジュニアもナツは?と聞いてきた。  工事の人が入れば、少しは紛れるかな・・・
  ココナツは半分に割れてしまったが、お互いに幸あれ!だ。      

     
     
2019年 4月6日   夏が来た ! 

 前回のメモが3月6日、あれから丁度、1ヶ月経った。 この間、山桜は散り、ソメイヨシノは満開を過ぎ、コートにも花びらが乱舞している。

 今日はとても温い・・・まるで初夏を思わせるような陽気だ。 だけど、それで夏が来た・・・というわけではない。
 3月
26日、孫の飼い猫を預かることになった。赤ちゃん猫がカラスに突かれていて、見かねて養っていたらしいが、県外に行くことになり、頼まれた。

 夏に拾ってきたので、ナツと名付けたという。
  1週間くらいは、顔すら見せず、隠れて過ごしていたが、4月の2日目くらいから安心したらしく、急に懐っこくなってきた。
 多分、ここに住み慣れてくれるだろう。すでに、みんなに可愛がってもらっている。
 ココは1年半以上居候しているが、ナツは生まれてまだ、8ケ月くらい。偶然にも、ココとナツで、ココナツとなった。
 仲良く暮らしてほしいものだ。

  3月中に改修して、4月から新年度のスタートを切りたかった奥のCDコートだが、業者の都合で4月910日ということになっていた。     ところが、今度は天気の都合で、1516日に延期になった。

 コートの改修は、ます薬剤を散布してコケやカビを除去し、上層部の砂を掻きだし、そこに新しく砂を投入する、というものだ。
 工事の遅れも、新年度の新生活が落ち着かない時期なので、クラブの模様替えをするのにも、かえって5月くらいからの方がいいかな、とも思うようになった。
 さてさて、コートがどの程度に仕上がるのか、とても楽しみではある。
 

 ファイナル山の樹々は新緑に芽吹いている。空は紺碧、とても爽快な季節になった。
 
NHKの朝ドラ、4月から「なつぞら」というのが始まった。
 主人公のなつは、ぼくより6歳年上。戦後のほぼ同じ時代を生きている。ドラマはまだ1度しか見ていないが、何となく懐かしさを感じる。
 預かった子猫は「なつ」、今度メモしようと思っているのは、前々から気になっている「そら」。 うまく続いている。これはメモしないわけにはいかないぞ!


     2019年3月6日 ちょっと3・6い(寒い)ダジャレ 

  春遠からじ・・・とメモして何日経っただろう、3月
6日、その日がもう来てしまった。
  今日こそ雨の一日だったが、最近は気候も穏やかで暖かく、春よ、いらっしゃい!って感じだ。あれっと気づいたら、ファイナルの山桜はもう咲いている。

 10日くらい前だったか、夜帰りしなに、西の出口から
10mも行かないところに、猿が群れていた・・・と思った。
 車で通り過ぎた時、確かに猿が7~8匹いて、車が近づくとさっと山の中に消えて行った。
 昼間はよく見かける場所だが、夜は初めてだ。
 翌日、何人かにこの話をした。 数日後、また同じ場所に群れていたので、こんどはゆっくりゆっくり、驚かせないように車を近づけた。近づいて見ると、ちょっと白っぽい。
 何だろう、と目を凝らすと、イノシシだ。若者と子供の群れだ。更に近づくと、ぐっと身を寄せて、塊になった。 「なぁんだ、イノシシだったのか!」

 昼間、ここに出没する猿を何度も見た。猿は道路越しの畑で何やら獲物を獲っているらしく、畑は時折荒らされている。そんな姿を何度も見ているので、僕の頭には「猿」が刷り込まれていた。疑うこともなく猿だと思い、ちょっとだけ拡散させた。
 その後会った人には訂正できるが、会わない人にはそれっきり、嘘のままだ。
 一時、イノシシはまったく居なくなった、という地元の人の話を聞いたりしていて、確かに何年か、お目にかかっていなかった。
 ところが最近、イノシシを見かけたことがあるし、夜の練習中に大きな鼻息や、ゴソゴソ歩き回る音も聞くし、朝、土を掻きまわした跡がいくつも残っていたりして、イノシシが増えていることも承知のことだった。
 ちょっと立ち止まって考えれば、猿だと断定できるはずもない話だ。
 
 少し大げさになったが、とかく、真実は見え辛く、先入観や思い違いに欺かれる。
  このメモに度々引用してきた本の2月13日のところには可愛い菜の花の絵があり、そこには次のような文が添えられていた。
 「ナノハナの匂う垣根に ホトトギスはやもき鳴きて・・・」・・・そして、菜の花がもともとはセイヨウアブラナで、手入れなどしなくても成長する・・・などと説明文が続く。
 おいおい「卯の花の匂う垣根」だろう・・・ええっ、俺、間違えて覚えていたのか・・・と一瞬思ったが、垣根に菜の花はないだろう!
 ネットで確認して、間違いなく卯の花。

 この本は画は画家が、文はドイツ文学者でエッセイストの方が書いている。多分、偉い人に違いない。しかし、思い込みは恐ろしい。出版されればそのまま拡散する。
 無論、筆者を責める気はさらさらない。 これは校正する人も気づいていたはずだが、見過ごしたのだろう。

 僕らは日々、いろいろな情報を刷り込まれ、思い込み、あるいは誤りを見過ごす。 このメモにも、沢山あるに違いない。
 ほとんど影響力のないメモなので罪は軽いが、それでも心しなければ・・・と、思う。
 春の陽気に誘われず、老脳をいいわけにせず、しっかり物事を見極めていかねば・・・。 

 ところで、この「卯の花」我が家ににもあるそうだ。
 クラブの山桜には気づくが、家の花木にはほとんど気づかないで過ごしていることも反省。
 卯の花はオカラのこともいうが、なぜそういうのかには白いからだけでなく、諸説あるようだ。
 植物名はウツギ、空木と書く。これは茎の中が空洞になっているところから付けられたという。
 中央アルプスに空木岳という山がある。標高
2864mの堂々たる山容の山だ。 残雪のころ、山頂付近が空木、咲き誇る{卯の花}のように見えるところから付けられたとも云われている。
 ところで、この空木の空、昨年暮れにファイナルの青空の写真をこのメモの左欄に載せてから、ずっと気になっている。いずれ、そのこともメモしようと思う。
 


    2019年 2月19日  基礎が悪いなりに何とか・・・

  今日は久々のまとまった雨降り。15時半現在も降り続いている。
 でも、Bコートだけは水溜まりなし。このコートだけは完璧だ。
 Aコートは、ネット付近に水が少し溜まっているが、何とか使用可能な状態だ。奥のC・Dコートは全体的に水が浮いていて使い物にならない状態だ。


 Bコートだけ なぜこんなに完璧なんだろう。
 それは 基礎がしっかりしているからに違いない。
 基礎がしっかりしていなければ 上をいくら綺麗に繕っても どうにもならない。
 張り替えた当初は 4面ともみな同じに見えた。でも しばらく経つと 全く違うコートになってしまう。その差は歴然で基礎の作りの差だ。
 C・Dコートは 雨の後には、まったく使い物にならない。
 古い作りの基礎で 排水が十分にできないからだ。 この差を埋めるには、下地から新規にコートを作り直すしかないが、貧乏クラブに、そんな余裕があるわけがない。できる範囲で何とかこの差を縮めようと思い、修復工事を発注することにした。

 すぐに取り掛かって欲しかったのだが、業者さんの都合で、4月以降の着工となってしまった。薬品でコケやカビなどを除き、上層部の砂を掻き取って、入れ替える、というものだ。
 少なくとも、見栄えは良くなるし、ボールが黒ずんでくることもなくなるだろう。当座しのぎだが、ある程度の修復はできるかもしれない。 4月からと思っていたクラブの見直しも、5月にずれ込みそうだ。ゆっくり考えて、再出発できればいいなぁ・・・。

 
 さてさて、テニスにおける下地とは何だろうか? 
  テニスにとっての基礎とは 一体何だろう。  それは間違いなく体力に違いない。 体力がなければ技術もメンタルも 積み上げていくことができない。
 では基礎体力の衰えた人間にとって その上にテニスの技術などを積み上げて行くことはできないのだろうか・・・若いうちは何が何でも基礎体力をつけるべきだろう。

  しかし高齢になれば そういうわけにはいかない。 頭を使いながら、体力に見合った技術を丁寧に積み上げていくしかない。丹念に取り組めば ほんの少しだとしても、技術の積み上げは可能だと思う。
 我々アマチュアのテニスは勝つことが目的ではない。仲良く楽しむことが第一だ。でも上手いほど楽しめるし、仲間も増える。プロでない限り、プロを目指しているのでない限り、テニスは楽しみである。 
 今日のテニスが最高! といいながら、大いなる草テニスに邁進しようではありませんか・・・。
 メモしているうちに16時、雨は上ったようだ。雨のおかげで、どこに水溜まりができるか再確認できた。カメラに収めて修復時の資料にしよう・・・明日は晴れ、気分を直して さぁ出発!


   
 2019年  2月
11日  「ゆとり教育」 と 「円周率

 昨日は木花でジュニアの大会が、生目で大人の大会。
 気温は低いけど、まずまずの大会日和で良かったですね。 そのせいか、朝、コートに着くと人影なし。でも早速ココちゃんがお出迎え。
 しばらくお茶しながら、ゆるりと音楽を楽しんだ。
 午後からは負け組も参加して、少し賑やかに・・・
 

 ここのところ、政治がらみや社会問題には触れずに過ごしてきたが、ちょっとだけメモしておこうと思う。
 それは、「この種の問題に触れないでおこう」と思ったことと関係しているからだ。
 
 いろいろメモってはみたものの、その根拠となる情報を、僕がどれだけ知り得ているのか、まったく自信がなかったからだ。
 マスコミやネットや書物で得る情報に、どれだけの信頼性があるのか・・・・。
 
 科学的なものなら、今ではそれらはすべて仮説に基づいてなされた説明である、ということが自明の理になっているが、社会現象に関しては、一応、誰でもが見聞きできるような錯覚があり、いろいろな情報が飛び交い、独り歩きし、大きな声が真実のような顔をする。

 今回の厚労省をはじめとする統計不正処理問題で、これを根拠にはじき出されたいろいろな数字や提起が、その根底が崩れたことによって、論拠を失うこととなった。
 それは、ある意味、良かったと思えなくもない。 マスコミ、その他の統計も、概ねこういった程度のものだ。だから、それを根拠にものをいう場合は、その根拠は仮説にすぎないものとして扱う必要がある、ということを気付かせてくれたからだ。


 
 科学的な仮説は、それまで積み上げられてきた検証があるが、社会的な現象に関しては、曖昧である。だから、「この統計が正しいという仮説に立てば・・・」などと、ことわっておく必要がある。

 僕らが若い頃、「スウェーデンなど、生活や老後に心配のない豊かな福祉国家は自殺が多い」という統計結果を示されたことがあった。
 ある程度の不安があった方が、緊張感もあり、自殺も少なくなる・・・といった論調が出回っていた。
 しかし、その統計は正確なものではなく、北欧諸国の自殺率が、特別高いものではない、というのが本当のところだと分かった。結果、多くの論者がその根拠を失ったことになる。


 
 よくよく考えてみれば、自殺率なんて、正確にはじき出されるわけがない。親戚などは、できれば事故死にしておきたい、と思うだろうし、宗教的に自殺を禁じている国、自殺率を下げる政策を遂行している国などは、できるだけ自殺と認定しない方向になるだろう。
 正確な実態はつかめないだろうと思う。一応の参考程度の資料にしておくべきものだと思う。

  統計という確固たる数字と、政府という権威が、見る目を誤らせる。 以前、子供たちを教える仕事をしていたことがあるが、どんなに見え透いた嘘を言っても、子供たちは簡単に信じてしまう。
 例えば、「円周率は
3.14と言われているが、東大の数学研究室で計算し直した結果、3.15に近いことが分かったそうです」といったあと、10分後くらいに 直径10センチの円周は何センチか?という設問をすれば、全員、31.5センチ、と答える。
 それまで教えられていたことと違うのに、何の疑いもない。無論、すぐに訂正しておいたが・・・。

 だいたい円周率なんて難しくて、3でも
3.14でも、実用上はたいして問題にならない。少数の掛け算の練習になるのが関の山だ。
 
 昨年末、テレビで「ゆとり教育」が転換された経緯を取り上げていた。長野のある小学校が教育現場として登場したのだが、校長として現れたのが、僕の東京時代に親しかった友人だったので、思わず最後まで見てしまった。

  「ゆとり教育」に危機感をもったある大手の塾が、円周率は3でいいのか?」という広告を電車の中吊りなどに大々的に打ち、それを契機に週刊誌、新聞などで徹底的に反ゆとりキャンペーンが巻き起こった。
 そしてこの文教政策は転換していくことになった。 始めたのも文部省、終わらせたのも文部省。現場の声が反映されることはなかった。
 

 友人の取り組みは山羊や鶏などを飼育し、そこから命の営みを学び取っていく、などの楽し気なものだった。そこに映し出された子供たちの姿は、実に生き生きとしていた。
 友人が、こういう地道な教育に取り組んでいたのかと初めて知って、感銘を受けたのだが、先生たちも大変だっただろうな・・・と同情もした。

  円周率というのは、僕にとっては魔法のような無理数で、今だに無理な数字である。アルキメデス由来の外接・内接する正多角形から近似値を求めるような帰納法的な推論の仕方だったら、子供たちには理解しやすいのではないかと思うのだが・・・。
 それでいうと、円周率3では、内接正
6角形の周りの長さと同じになるので、もう少し広げて、それよりは少し長くなるところまで進めれば上出来だと思う。

 なぜ、そうなるのかを理解することが大切で、それをやろうとしたのが「ゆとり教育」なのだと思う。とにかく
3.14だ、計算は微積分を習ってからでいい・・・という方が、はるかに楽だが、疑問を置いてきぼりにしてしまう。  

 ちょっと深入りしてしまった。とにかく
2000年以上も前のアルキメデス先生、正96角形まで広げて、3.14という数値を得ている。今のような数字も少数もない時代にである。
 本当に偉大だなぁ・・・。 

 現在でも、円周率はスーパーコンピューターの演算能力のテストになるくらい厄介なものだ。いろいろな計算式が考案され、これに取りつかれた数学者も多い。

 
 現時点での世界記録は121000億ケタまで出ているらしい。長野の会社員、近藤茂さんとアメリカの数学研究者アレクサンダー・Jさんの共同作業で、近藤さんが自作のコンピューターを使い、アレクサンダーさんの数式を用いて計算したらしい。
 12.1兆桁という途方もない数は、もし、
1字を1cmのマス目に書いて繋げていくと、ちょっと計算してみたら、地球を3000周もする長さになる。 

 円周率一つをとってみても、この世界は不思議の山に囲まれている。学習の材料には事欠かないが、そこを深堀する学習は、なかなか育たない。 急ぎ過ぎである。ゆっくりと、しっかりと理解しながら、少しずつ進めばいいのにな、そうすれば楽しいのにな・・・      

   
  2019年 1月29日    後期高齢2年生に進級 

 今日、76歳になりました。まだテニスができるので、おめでたいことです。
 27日の日曜日に、朝の練習会の皆様に、自宅近くの居酒屋さんで、祝っていただきました。 僕は今年初めての飲み会でしたが、十数名集い、楽しい話で盛り上がりました。とてもありがたいことでした。
 お骨折りいただいた幹事さん、お集まりいただいたメンバーの方々、感謝しております。

 翌朝の月曜の練習会は風も強く、寒くてとてもテニス日和とは言えない天気でしたが、それでも数名、飲み会翌日にもかかわらず練習に見えました。

 今日は打って変わって風穏やかで陽射しもあり、テニスにはもってこいの天気。たくさんの参加者がありましたので、急遽、4面使ってのダブルストーナメントに切り替えました。

 日頃の4ゲーム先取というショートゲームではなく、1セットマッチで試合らしくやりました。僕も一緒に参加し、全部で6セットほどしました。その後ジュニアの練習があり、今日はこれで閉店です。少しも疲れておりません。

 もう少しは頑張るつもりですので、今後とも、どうぞよろしくお願いします。
 

    
2019年 1月26日  生死の分かれ目は・・・  

 昨年の大晦日、「皆さんに感謝しながら、なるべく元気に新しい年を迎えようと思う。」というメモ で締めくくったが、早いもので、もう、26日が過ぎた。

 連日の晴天で暖かく、テニスにはもってこいの年明け。おかげで、元気に年明けを迎えられた。 
 去年からのつづきでいうと、11月中旬頃、前の道端に垂れ下がっていた柿の小枝に、小さな柿の実がなっていて、これは可愛いな、と思い、一枝拝借した。一輪挿しに放り込んでいたこの小枝、今日現在も生き残っている。

 元々、
5センチ足らずの小さな実が、更に萎んで皺くちゃになり、そのまま2個、4枚の枯葉と共に鎮座している。なかなか渋いオブジェである。
 自分の姿を見ているようでもあり、ちょっと愛おしくもあり捨てがたい。 ずっとこのままにして、どうなっていくのか見届けようと思っている。

 どの状態が死んだといえるのだろうか? 少なくとも僕の中では、今、まだ生き残っている。

 さて、今、チェコのペトラ・クビトバと大阪なおみの全豪決勝が始まった。不幸な怪我から見事にカムバックしたクビトバにも頑張ってほしい。
 勢いがある二人ともに、決勝にふさわしい見ごたえのある戦いをしてほしい。 そして夢の後には勝者も敗者も共に讃えたいと思う。